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うんちが漏れそう!!

戯言だぽ☆

岩田康誠ヌーヴォレコルト

現在、3月11日午前3時。

本日、中京競馬場にて金鯱賞が開催される。

 

その金鯱賞に、岩田康誠ヌーヴォレコルトが出走する。

中山記念から中2週。準連闘だ。

 

前回、2月26日の中山記念のとき、思うところがあり、記事を書こうか迷っていた。

今回の金鯱賞。書かないと後悔すると思い、いま書いている。

 

岩田ヌーボは、現在6歳の牝馬

年齢的に、競走馬として限度レベルに達しつつある。

4月5月の繁殖に備え、これが最後のレースになる可能性がある。

 

岩田ヌーボは、2014年のオークス馬だ。

 

2014年は、岩田にとって、忘れられない年だった。

4月27日、岩田の騎乗が原因となり、後藤が落馬するという事故があったのだ。

それは、とてもショックな出来事であった。

 

その1か月後、岩田ヌーボは、オークス馬になった。

そのときの岩田の勝利者インタビューは、今まで聞いたことがないものであった。

誰もが黙ってしまうものであった。(2分40秒あたり)

 

youtu.be

 

約7か月後に、見事に後藤は復帰を果たした。

彼は、復帰後3日目で、勝利もした。

今でもはっきり覚えている。

後藤が岩田の肩を叩いたとき、私は何ともいえない嬉しさがあった。

(1分7秒あたり、ピンクの勝負服が岩田)

 

youtu.be

 

その3か月後、2015年2月27日。

後藤は、帰らぬ人となってしまった。

 

そして、数か月後。

誰もが知るように、岩田は、前の岩田ではなくなってしまった。

重賞勝利も、1年を超えて挙げることができなくなってしまっていた。

 

騎手生命を奪う要因にもなったレース。

私が彼の立場なら、レースで乗ることさえもできなくなっていただろう。

(このことは彼の負担になりたくないため、私は今日まで絶対に口にしなかった) 

 

2017年、中山記念

奇しくも、後藤の命日の前日。

 

あの2014年にオークス馬となった、

あのインタビューをした、

岩田ヌーボが帰ってきた。

 

私は、『これを区切りにしよう』と、つぶやいていた。

単勝馬券を買い、レースを見守った。

結果は7着だった。

私は、『必ず次がある』と、願いにも近い思いを、そのとき持った。

 

2週後だった。いま書いている現在3月11日。

 

後藤と共に、忘れたくない岩田ヌーボ。

今日の金鯱賞で走る。 

 

もしかしたら、もしかしたら、最後かもしれない。

 

そして『その最後で、今までの最後にしようよ』と、

『生きていく、ということは、きっと、そういうことの連続』と、

『私も、今までの人生で失った人たちのことを最後にしていく』と。

 

そう思い、私は、いま書いた。 

以上 

感謝の心っていう話し

 

新人が、俺の傘下に入ることがある。

運良く入ったそいつに、俺は、色々な話しをしてやる。

俺の話しは、もちろん俺のオリジナルで秀逸。

 

その中の序の口の話しを、今日することとする。

感謝の心っていう話しだ。

それは、次のようなものだ。

話し口調で書く。

 

 

あのさ、よくある話しなんだけどさ。

事業に成功した創業者がいるとして。

2代目の跡取りって、まあ、上手く引き継ぐんだけどさ。

3代目になると、一転して、会社を潰しちゃうんだよね。

そのあと、消えるんだよなあ。

まあ、いわゆる3代目ダメ説なんだけどさ。

あれって、なんなんだろうね?

(新人の反応を見る、食いつきで話を続けるかを決める)

 

それでさ、俺。

3代目って全部ダメなのかなあって、一時期は思ってたんだよね。

そしたらさ、上手くやる3代目が、いてさー。

 

あれって、なんなんだろ。

きっと、なにかが違うんだよね?

(新人に回答を尋ねる)

 

(新人の回答に、適当な相槌を打ちつつ)

あれってさ俺、決定的な何かが違うと思ってさ。

観察してたんだよ。

そしたら、気づいちゃったんだよね。

 

その3代目には、感謝する姿勢があったんだよね。

1代目や2代目に対し、心の底から感謝してたんだよね。

 

(話しを続ける)

 

感謝の心ってさ。

どういう作用があると思う?

 

感謝の心って、モノを大事にする姿勢なんだよ。

モノを粗末にせず、モノを大事に大事にするんだよ。

 

親の遺産とかでもさ、

親に感謝している奴は、大事に使わずに、そのまま残ってたりする。

だけど親に感謝してない奴は、簡単に失くなって、憐れな感じになってたりする。

 

人間ってさ、残念なことに、モノを失くしてく性質があるんだよね。

失くさないようにするには、大事にするしかないんだよね。

(新人の目を見てみる)

 

で、話し戻すけどさ。

 

ダメになる3代目って、あれ、なんでだと思う?

(新人から回答を貰う)

 

(だいたい、感謝の心がないことを、指摘してくる)

 

そうなんだよなー(相槌)

あれって、なんで、感謝の心を失くしてるんだろ?

 

これも残念なことにさ。(笑)

 

人間って、

自分が恵まれていることに、なかなか気付けないんだよね。

自分の置かれた状況が、さも当たり前のことなんじゃないかと、

そう勘違いしちゃうんだよね。

 

感謝の心を失くしてしまうのは、誰にでも起こり得る普通のことなんだよね。

 

そう、心がけを持たないと、なかなか維持できなんだよね。

 

その心がけってのは、「当たり前」だと思わない、ってことなんだ。

 

たとえば、奥さんに弁当作ってもらうの「当たり前」だと思ってたら、作ってもらえなくなるし、逆に「当たり前」だと思わなければ、奥さんに自然と感謝して、奥さんは作り続けてくれると思うよ。

 

「当たり前」だと思わなくなると、

感謝するようになって、

結びつきが深くなって、

さらなる恵みが生まれる、そういうもんなんだよ。

 

まあ、この話しの続きは、徐々にしていくから。

 

といったことを、話す。

以上

恋する女

昔、合コンで知り合った女だ。

年齢は23歳くらいで、仕事は歯科助手だったような気がする。

身長160センチくらい。可愛いきれいな感じ。

世間評価なら、10点満点中9点くらいの評価なのかもしれない。

 

合コンでは、二言三言しか喋ってないと思う。

はじめの印象は、気取った高飛車女だった。

終わりかけ、俺を上目遣いで恥ずかしそうに見てるのには、なんか気づいた。

 

数日後。後輩から電話がかかってきた。

内容は、その子が俺と喋りたがってるから、俺が電話をかけてくれ』、とのこと。

俺は『かけるかける』と言って、それを無視した。

 

そしたら1週間後に、再び後輩から電話がかかってきた。

内容は、『先週、電話をかけてくれって言ったのに、電話かけてなかったでしょ、というお怒りだった。

今すぐこれを切ってその子にかけてくれ、とのこと。

これは逃げれん、と思って、俺は電話した。

 

話す内容はあらかじめ決めてた。

『仕事が忙しくて、祖母か入院してて、付き合うとかの余裕はない』、といったもの。

 

俺は電話で、決めてたとおりのことを言った。

 

彼女はそれを察知していた、ようだった。

 

そして、あらかじめ用意してたような、


『じゃあ、私、余裕ができるまで待ってますから』、と言う返答をした。

 

ちょっと想定外だった。

 

俺は『いやいや、余裕できるっていうの、1年くらいかかるから』、って返した。

 

そしたら彼女は、それを見切ってたように、

 

『1年くらい待つつもりでしたので』、と返してきた。

 

オタ風牌でロンされた感じだった。

 

俺は思った。

 

これは、俺をマンガの主人公のように理想化してる、と。

 

現実の俺を見れば諦めるだろう、と。

 

『よく分かった、じゃあ今週末に飯でも食いに行こう』、と言い、俺は電話を切った。

 

 

それで週末。

 

待ち合わせ場所に彼女は来た。

 

彼女の足取りは、なぜかフラフラしてた。

 

 

行きつけの焼肉屋に行った。

 

俺がバクバク食べるのに対し、彼女は一口も食べなかった。

 

俺は気になって、『どしたー?』肉嫌いか?こういう店きらいか?体調悪いか?帰るか?、と、いろいろ尋ねた。

 

彼女は、誤魔化すことができないと感じたらしく、本当のことを言い始めた。

 

『わたし、この前電話した後。この4日間。何も食べてないんです。』、と。

 

俺は、『え?胃腸系の病気??胃腸系の健診??』って、肉をほおばりながら尋ねた。

 

俺の尋ねに対し、彼女はずれた返答をした。

 

『2キロしか痩せれなかったんです、41キロから減らなかったんです』、と。

 

俺は、はじめ、何を意味して言っているか、分からなかった。

 

『え、なんで、痩せようと思ったの????胃腸系の健診????』

 

俺は気付くのに、ぶっちゃけ、5分くらいかかった。

 

彼女は繰り返し言ってた。

 

『自分がこんな気持ちになるなんて。。。』

 

『まさか、まさか、自分が。。。』、と。

 

俺は、ようやく気付いた。

 

そして彼女は目を輝かせながら、

 

『こんな気持ちになって、ここまでする自分に感動してるんです!!』、と言った。

 

俺は、口ぽかん状態。

 

俺は、きっと絵に描いたような、唖然の表情をしてたと思う。

 

焦げてる肉にも気付かなかった。

 

俺は、ぽつり。

 

『ああなんか、恋してる、っていう感じだね』、と。

 

そしたら、 彼女は満面の笑みで、

 

『うん!!!!』、と、うなづいた。

 

俺は、この返答で、一瞬にして、一切の食欲が無くなった。

 

はじめに注文したカルビとホルモンは取り消しと、俺は店員にお願いした。

 

この後、この彼女と付き合うことになった。

 

1か月くらい、付き合った。

 

それで別れた。

 

この別れるとき、彼女は非常にショックを受けてたが、

 

出会ったはじめと違って、すんなりと別れてくれた。

 

この経験が、俺が前に言ってた

『遊びでも手を出しておくと、お互い前に進めていいのではないか?』という仮説に、

たどり着く要素となっている。

 

以上

新年あけまして

新年は明けました。しかし、何がおめでたいのか、私には理解できない。生き延びることが難しかった数百年昔では、新年を迎えること、これに対して感慨深い有り難さもあったであろう。この喜びを、一緒に生き延びれた人間と分かちあいたかったでもあろう。だが、いまや現代社会。そんな時代とは違う。

 

一方、新年という暦としての区切りは、重要だ。

気持ちも新たにできるし、それまでのことも清算できる。その際、大事な人たちに挨拶するのは重要な行事だと考えている。

ここで気付いて欲しいことがある。

大事な人たちへの挨拶は、どういう姿勢ですべきなのかを。

挨拶は、仏教語であり、紐解くと長たらしくなるので止めるが、その最終目的は、人の縁を保つことにあると、私は考えている。

そうである場合、向かう方向が違う2種類の挨拶の仕方があるように思える。

 

それは、今後ともよろしくお願いいたします、と、

これまでありがとうございました、だ。

 

貴方は、どちらの挨拶がされると、心に響くか?

 

私は、あけましておめでとう、今年もよろしくお願いいたします、という挨拶に、全く重みが感じられない。

 

他方、年の瀬に、漏れそうさんに挨拶入れないと年越せないんすわ、って言われると、可愛くて仕方がなくなる。

 

つまり、そういうことだ。

本当に人の縁を保ちたいなら、どういう挨拶が良いのか、貴方自身で考えてみて欲しい。

そして、その先にはきっと、人の縁や物事を大事にすること、これがどういう姿勢で行われるのが大事か、それが見えるようになるであろう。

 

人間は、新たな物が欲しくなるばかりだ。

しかし、大事なことは、今あるものを活かすことだったりする。

貴方に気付いて欲しい。

 

これをもって、うんち漏れそうの、2017新年の挨拶に代えさせていただく。

以上

 

澄んだ新年を迎えるために

今年は、もう残り僅か。

貴方のやりたかったことは、すべてできたか?

 

今回は、I氏の話をしたい。

I氏は、中学時代、自分のオナニーのペースを算出するため、毎日オナニーの回数を記録していたという。

そのオナニーの回数は、年明けから11月末までで、850回になったという。

1日、平均2.5回ペース。

まあまあのペースといっていいだろう。

 

残り1か月で現在850回。。。彼は気づいてしまった。

あと150回射精すれば、1年で1000回射精という切りの良い数字にできると。

毎日5回ペースでいけば、達成できる計算である。

彼は、その金字塔を建てるべく、オナニースケジュールを立てたという。

朝起きたら1発、学校から帰ってきたら2発、食後に1発、寝る前に1発というハードなスケジュールだ。

12月に入り、彼は、スケジュールどおりにオナニーをこなしていった。

夏場の黒田のピッチング並みの安定感が、彼の射精にはあったという。

しかし、残り10日近くなり、彼の射精スケジュールには乱れが生じるようになってきた。

ズリネタの限界である。

彼は、参考書を買うと母をだまし、新たなエロ本を購入したという。

 

射精遅れに問題なかった。

なぜなら、23日から冬休みに入るからだ。

 

冬休みに入れば、朝から晩まで珍湖をこすれる。

1日に7回ペースという、まくりオナニーができるからだ。

 

ただ、計算してないことが26日に起きる。

 

家族旅行である。

 

温泉旅館に2泊するという。

 

彼は困った。

10回分の射精を別の日に振り分けなければならないからだ。

 

誰に打ち明けられない悩みが、彼の身体をむしばんだ。

 

家族旅行から帰ってきた彼は、スパートした。

3コーナーからまくるゴールドシップスパートだ。

 

そして、新年を迎えた。

 

残り1回を残した999回で。

 

彼は、珍湖を強く握りしめたまま、悔し涙をこぼしたという。

 

 

しかし、彼が迎えた新年は、いつもと違った。

とても澄んでいたのだ。

限界の限界まで完全に出し切ったからであろう。 

 

我々も、今年残り僅か、後悔しないように出し切ろうではないか!

(駄文、最後までお付き合い、誠に有難うございました。)

 

良いお年を、お迎えください!

来年もよろしこ!

以上

思い出した

昔さ、会社に20代の女の子が入ってくるってことでさ。
その子のデスクを、50代の独身男の隣にすることを検討しててさ。
秘書室の室長のおばさんが、その男に、隣のデスクを使うって断りを入れにきたわけ。
そしたら、その50代独身男はさ。
「いやあ、そんな若い子が隣に来て、間違い起こしちゃあ、いかん。隣にくるのは止めてほしい。」って、言っててさ。
そしたら、室長のおばさんが、「はああ?」って言ってて。
続けて、「あなた、間違いって言葉は、妻子ある人が言うものよ。」
「むしろあなたは、その間違いを、はやく犯さなくちゃいけないのよ。それは、間違いじゃなくて、あなたにとっての大正解なのかもしれないのだから。」って、たしなめられててさ。
それをパーティション越しで聞いてた俺は、堪えきれず吹き出した。

そんなこと、思い出した。

何が言いたいかと言うと、

俺も、実は間違いを犯さなければならないのかもしれない、ってこと。

以上

クリスマスライブ

昔さ、オナニーマシン(通称オナマシ)っていうバンドがいた。

そいつらはいつも、クリスマスイブの日に、高円寺のライブハウスでクリスマスライブしてた。

そいつらさ、ライブが盛り上がってくるとさ、オナニーで使った自分たちの使用済みのティシュを、観客に投げつけるパフォーマンスをするわけよ。だから、やつらは、毎日オナニーするたびに、使ったティシュを集めてるっていってた。

 

それでさ、観客が「汚ねーー!!」とか言って、投げつけられたザーメン付きティシュを避けるわけ。

そしたらさ、ボーカルのイノマーが、「みんな大丈夫!!ザーメンは乾いてるか、さっきチェックしたから!」って言ってさ。ライブを見てた隣の奴が、「なら、大丈夫だ!!」って拳を振り上げて叫んでてさ。

俺は、「乾いてればいいってことじゃねーよ」って、心の中で、そいつに突っ込んだのをいま思い出した。

10年以上前の話しだけどね。