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うんちが漏れそう!!

戯言だぽ☆

本日は、クリスマスイブなり

いつものパン屋でパンを買ってきた。

あの可愛い子は、いつも通りレジしてた。
なぜか、男の一人客が三連チャンで続いてて、俺はその二番目だった。

前の若い男がチラチラチラその子を見てた。

俺は気づかれないように、そのチラチラ見てる男の見方を観察してた。

その男のその子の見方は、完全にパンチラをチラチラ見る男の見方だった。

その男は、その子になんか話しかけてた。

よく聞こえなかったけど、パンがどうたらって聞こえた。
俺のレジの番になった。

その可愛い子は、なんか嬉しそうにしてた。

動きがぎこちなくて、カクカクロボットみたいになってた。

いつもより、動きが倍以上にノロかった。

正直、ちょっとイライラした。

俺は、話す気は全くなかったけど、これは話しかけなあかんかなって思った。

 

それで俺は、後ろに並んでる男の方に目をやった。

後ろに並んでた男は、完全に俺を睨んでた。

それ見て、俺は話しかけるのを止めた。

 

まあ、その子は、なんか嬉しそうだったから、俺もちょっとだけ嬉しい気分になった。

 

店を出た後、店の外からそのレジをしてる子を見た。

そしたらその子は、レジをしながらも背伸びして、こちらの方を見てて、俺と目が合った。


俺は、やっぱりか、って思って目をそらした。

 

はああ。めんどくせえ。

だけど、これって義務だよな、って思いながら、

とりあえず記録しておこうと思い、今書いてる。

 

報告以上

 

俺の心がけてること

人生ってさ。

ほんと、大変だよね。

大変じゃない人なんて、世の中に1人もいないのにさ。

みんな平気な顔で生きてたりしててさ。

それが不思議に思えるときもあった。

 

一方でさ。

『人の不幸は蜜の味』とかさ、

『人をバカにして悦に入ってる』ような人たちも居るわけでさ。

 

またまた、その一方でさ。

『人をバカにするやつは最低だ、俺はそいつらより優良な人間だ』とかさ、

違う方向性で人をバカにして悦に入ってる、そんな人たちも居るわけでさ。

 

またまた違うとこでさ。

世界で一番の医療が受けられる日本なのにさ。

『病気が治らなくて可哀想』とかさ。

そんなのもあるわけ。

 

それで俺は気づいたんだよね。

 『幸せ』なんて、ただの相対比較だけで言うことなんだ、って。

 

『幸せ』なんて、自分の中の相対比較で決めてたり、

『幸せ』なんて、他人との相対比較で決めてたり、

『幸せ』なんて、理想に対する相対比較で決めてたり、

するだけのものなんだ、って。

 

こんなくだらないものの対処法なんて、簡単。

当たり前にしてた水準を変えればいい、それだけ。

 

俺は、大変だと感じるときは、

『これが普通なんだ』って自分に言い聞かせてた。

当たり前の水準を、現在の自分の水準に持ってきてたんだよね。

 

もうね。

恵まれてたときと比較して、不幸なんて感じなくていい。

酷い国の人と比較して、幸福なんて感じなくていい。

理想どおりにならなくて、不幸なんて感じなくていい。 

 

ってことで、俺の心がけてること。

『苦しい時に、現在の自分を普通に思う』ってこと。

 

やってみてごらんよ。

 平気顔で笑って過ごせ。

 

以上

ギャンブルと私

今回は、ギャンブルと私をテーマに書きたい。

私は下記のものをかなりやった。

パチンコ、スロット、フリー麻雀、競馬、株式相場、先物相場、FXだ。

パチンコは、中学生からやった。

スロットは、1.5号機から打ってたし実機を持ってた。

フリー麻雀は、ヤクザ屋さんたちとリャンピンで打ってた。

競馬は、高校生からやってた。

株式相場は、大学に入ってからやってた。

先物相場とFXは、社会人になってたからやってた。これは、数千万儲けたこともあったし、数千万溶かしたこともある。

 

一番自分のためになったギャンブルは、フリー麻雀と先物相場。

一番ストレス解消になったのは、競馬。

一番くだらなかったのは、パチンコとスロット。

だけど、本当に自分が求めるものは、これらには無かった。

これについては、機会があったら詳細に書く。

今日は、今まで足跡紹介まで。

以上

 

うんち漏れそう

 

きみは街中で野糞をしたことがあるか?

 

昔の話だ。

俺は街中で便意をもよおした。

もよおしたときは、便器以外にうんちするなんて、微塵も考えてもいなかった。

しかし、時間が経つにつれ、どんどん追い込まれた。

そしてついに、カウントダウンが始まった。

カウントダウンが進むにつれ、自分が壊れていくのを実感した。

そして到達した。

『もう便器じゃなくていい!』、『とにかく、うんちさせろ!』という、

メルトダウン寸前の悲鳴状態である。

そうなると、人間は壊れる。

それが街中であろうと、人前であろうと、

うんち決行である。

そのとき、俺は思った。

今まで俺は『偽りの俺』だったと。

今まで俺は『便器でうんちする、ただのかっこつけ』だったと。

自分が本当にやりたいことは、恥も外聞も捨ててやろうしなくてはならない、と。

本当の自分になった俺は、世界の見え方が一変した。

この地球自体が、大きな便器に見えたからだ。 

 

俺の『うんち漏れそう』っていうハンドルネームは、

『俺はいま本気だよ』っていう意味が込められているのだ。

以上

 

ルードマン語録 その8929

すごいこと言うよ。
考えることと前進することとには、連関性が一切無いということ。
考えに考えて計画したことが、前進させていくうちに、思いのほかポイントがズレてたと気づくことがあるだろう。それだ。
人間、前進しているつもりで、後退しているときがある。
発毛させようとして、脱毛させているときがある。
早く積み上げようとして、それまで積み上げたものを倒してしまうときがある。
ただただ、それは、やってみて学ぶのであって、やらずに学ぶことは決してない。前進に失敗は不可避。

光と影

20年くらい前の昔の話しだ。

9月の中旬。

私は、1レース目から中山競馬場にいた。

1レース目から立て続けに全て外れた。

6レースの新馬戦が始まるころには、私の所持金はゼロになってしまっていた。

牛丼代として残しておいた500円を除いて。

私は仕方なく帰ろうとしていた。

東西線を目指しホールを歩いていた。

そのとき、私の目に一人の厩務員の姿が映った。

その厩務員は、レースが終わった後の馬を引っ張っていた。

私は驚いた。

なぜなら、その厩務員は号泣していたのだ。

 

私は、はじめ、彼が何かのミスして、悔しがって泣いているのだと思った。

勘違いだった。

彼の引っ張っている馬は、さきほど終わった3歳未勝利レースに出走していた馬であったのだ。

 

このころの中山競馬場では、新馬戦が始まると同時にスーパー未勝利戦が始まる。

3歳未勝利馬が出られる最後のレース、と言ってもいいレースだ。

 

私は把握した。

どうやら、その馬の出せるレースは、その3歳未勝利レースが最後のようであった。

厩務員は、出せるレースが無くなったその馬の行先を知っているようだった。

 

彼は、馬房の隅で、馬の汗を静かに拭いていた。

そのとき、スタンドの方から大歓声があがった。

人気していた良血馬が、6レースの新馬戦で勝ったようだった。

スタンドの大歓声とは裏腹に、馬の汗を静かに拭き続ける厩務員。

私は何とも言えない気持ちになった。

新馬戦を勝った良血馬は、この先、種牡馬としての道も拓けるのかもしれない。

その裏で、生かされることもままならない馬が、ここにいる。

私の脳裏に「同じ馬であるのに」という言葉が浮かんだ。

 

私は、牛丼のために残しておいた500円を握りしめ、帰る方向とは逆の方向に歩き出した。

その500円で、午後のスーパー未勝利戦の馬券を買った。

運に見放されていた私の馬券は、無残に外れた。

レース終えて帰ってくる馬たちの姿を、私は見ることができなかった。

 

私は空腹のまま家路についた。

空腹はとても辛いものだった。

しかし、その空腹の辛さは、牛丼を食べていない、そのことによるものでは無かった。

 

私は、これ以降、競走馬にとって勝たなくてはならない大事なレースを、選んで買うようになった。「次は、もう無い」というレースだ。

 

馬も人間も同じだと思う。

次が無い大事な一瞬一瞬を生きている。

その一瞬は、とてもさりげなくそこにある。

 

今日のダノンプラチナは、私にとってそういうレースだった。

だから単勝を買った。

私がダノンプラチナを推した理由を述べるならば、この話をする必要があった。

以上